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東京地方裁判所 昭和27年(ワ)2330号 判決 1957年12月25日

原告 東宝文化映画株式会社

被告 国 外三名

国代理人 真鍋薫 外四名

主文

原告の請求は、いずれも、棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、当事者の主張

一、原告の主張

(請求の趣旨)

原告訴訟代理人は、

(一) 被告藤や商事株式会社は、原告に対し、別紙目録記載(一)ないし(四)の各土地につき、昭和二十六年三月十二日東京法務局品川出張所受附第二、四四七号をもつてした所有権移転請求権保全の仮登記の抹消登記手続をせよ。

(二) 被告藤や商事株式会社は、原告に対し、前記各土地につき昭和二十六年十月十一日前記登記所受付第一一、二七六号をもつてした所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

(三) 被告平石とめは、原告に対し、前記各土地につき昭和二十六年十月十三日前記登記所受附第一一、三七四号をもつてした所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

(四) 被告平石とめは、原告に対し、別紙目録記載(一)の土地につき昭和二十六年十一月二十七日前記登記所受附第一三、〇号をもつてした分筆登記(前項記載の所有権取得登記の転写を含む。)の抹消登記手続をせよ。

(五) 被告国は、原告に対し、別紙目録記載(五)の土地につき昭和二十六年十一月二十九日前記登記所受附第一三、二〇三号をもつてした所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

(六) 被告東京都競馬株式会社は、原告に対し、別紙目録記載(二)ないし(四)及び(六)の土地につき昭和二十六年十一月二十九日前記登記所受附第一三、二〇二号をもつてした所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

(七) 被告国は、原告に対し、別紙目録記載(五)の土地上の物件を収去して右土地を明け渡せ。

(八) 被告東京都競馬株式会社は、原告に対し、別紙目録記載(二)ないし(四)及び(六)の土地上の物件を収去して右土地を明け渡せ。

(九) 訴訟費用は被告等の負担とする。

との判決並びに(七)及び(八)につき仮執行の宣言を求め、その請求の原因等を次のとおり陳述した。

(請求の原因等)

(一) 昭和二十六年三月十日、株式会社日本映画社(以下単に日本映画社という。)は、被告藤や商事株式会社(以下単に藤や商事という。)から、七十二万円を弁済期は同年四月八日、利息は月一割四分、期限後の遅延損害金は、百円につき日歩五十銭の約定で借り受けることとし、期間中の利息十万八百円と手数料等の合計すなわち十四万円を天引きされ、差引五十八万円を受領した。そうして、日本映画社所有の別紙目録記載(一)ないし(四)の土地(以下単に本件土地という。)のうえに、前記債権を担保するため第一順位の抵当権を設定し、その登記手続をした。また同じ目的でウオール撮影機一式を売渡担保として被告藤や商事に引き渡した。

(二) しかるに被告藤や商事は、日本映画社が抵当権設定登記申請のために交付しておいた白紙委任状を濫用して、本件土地につき請求趣旨(一)記載の所有権移転請求権保全の仮登記及び同(二)記載の所有権取得登記手続をした。そうして、被告平石とめ(以下単に平石という。)は、被告藤や商事から本件土地を譲り受けたとして、請求趣旨(三)記載の所有権取得登記手続をし、また、別紙目録記載(一)の土地については、請求趣旨(四)記載の分筆登記をして、右土地を別紙目録記載(五)及び(六)の土地に分筆した。そうして、被告国は、被告平石から別紙目録記載(五)の土地を買収したとして、請求趣旨(五)記載の所有権取得登記手続をし、かつ右地上に物件を所有して右土地を占拠している。また、被告東京都競馬株式会社(以下単に東京都競馬という。)は、被告平石から別紙目録記載(二)ないし(四)及び(六)の土地を買い受けたとして、請求趣旨(六)記載の所有権取得登記手続をし、かつ、右土地に物件を所有して右土地を占拠している。しかしながら、前記のとおり、日本映画社は、被告藤や商事と本件土地につき代物弁済予約をしたことはないのであり、請求趣旨(一)記載の所有権移転請求権保全の仮登記手続は、全く日本映画社の不知の間にされたのであるから、被告藤や商事が、本件土地につき代物弁済予約を完結したとして請求趣旨(二)記載の所有権取得登記手続をしても、これによつて、日本映画社は、本件土地の所有権を失う筈はなく、被告藤や商事は、右土地の所有権を取得する筈がない。したがつて、被告藤や商事がした請求趣旨(一)及び(二)記載の各登記は、登記原因を欠く無効の登記である。また、被告藤や商事が本件土地の所有権を取得したことを前提とし、右所有権を承継したとしてなされた請求趣旨(三)ないし(六)記載の各登記はいずれも無効の登記である。また、被告国及び被告東京都競馬は何らの権限がないのにもかかわらず、それぞれ、別紙目録記載(五)及び(六)の土地の上に、物件を所有して、右各土地を占拠している。ところで、昭和二十八年十月七日、原告会社は、日本映画社を合併したので、日本映画社の権利義務を承継した。そこで、原告は本件土地の所有権に基き、請求趣旨記載のとおり、各被告に対して登記の抹消を求め、かつ、物件収去土地明渡を請求する。

(三) 仮に、日本映画社と被告藤や商事が本件土地につき前記(一)記載の貸金債権担保の目的で代物弁済の予約をしたとしても、日本映画社の代表者白井茂は、映画製作に関する技術者であつて、金融の実務にくらく、代物弁済予約とは、抵当権の設定と同一の効果を生ずるに過ぎないものと誤解して、代物弁済予約をしたのであるから、右代物弁済予約は、法律行為の要素に錯誤があつたものというべく、民法第九十五条に則り無効である。

(四) 仮に、そうでないとしても、日本映画社は、右代物弁済予約は単なる形式に過ぎないものとの意思で締結したのであり、被告藤や商事は、原告の右真意を熟知していた、少くとも右真意を知り得べかりし状態であつたから、民法第九十三条に則り右代物弁済予約は無効である。

(五) 仮に、そうでないとしても、日本映画社は、被告藤や商事から七十二万円を借り受けるに際し、利息及び手数料として十四万円を天引きされ、現実には、五十八万円を受領したに過ぎなかつた。しかして、七十二万円に対する旧利息制限法(明治十六年太政官布告第六十六号)ー利息制限法附則第四項により、右消費貸借契約には、旧利息制限法が適用される。ー所定の最高の利息は、一カ月六千円であるから、天引部分十四万円のうち右六千円を除くその余の部分、すなわち、十三万四千円は、日本映画社に対し、現金交付と同一の経済上の利益を与えないから、消費貸借契約における要物性を欠くこととなる。したがつて、日本映画社と被告藤や商事間に成立した消費貸借契約の元本は、七十二万円から十三万四千円を差し引いた残額、すなわち五十八万六千円である。そうして、当時日本映画社は、人員整理に伴う退職金の支払及びインドで開催される極東オリンピックへの社員の派遣のため是非とも七、八十万円の金員が必要であつたのに、業績不振のため銀行から金融を受けることができず、窮迫、焦慮の状態にあり、かつ、日本映画社代表者白井茂をはじめ、同社の職員は、いずれも技術者又は芸術家であて金融の実務にくらかつた。そこで、被告藤や商事は、日本映画社のかような窮迫、焦慮、無知に乗じて不当な利益を収めようと計り、日本映画社に対し五十八万六千円を僅か一カ月の期間貸しつけ、期限に弁済できない場合には、当時三百万円以上の価格のある本件土地を代物弁済として取得する旨の代物弁済予約をしたのである。かような代物弁済予約は、公序良俗に違反するから、民法第九十条に則り無効である。

(六) 被告藤や商事は、昭和二十六年十月十一日、本件土地につき所有権取得登記手続をし、翌十二日、日本映画社に対して代物弁済予約を完結する旨の意思を表示した。しかしながら、日本映画社が被告藤や商事とした前記代物弁済予約は、これを記載した契約書である甲第六号証の一(すなわち、乙第一号証)の第十一条に明記してあるとおり、被告藤や商事の代物弁済予約完結権は、日本映画社が「全債務の弁済」をしない場合にのみ発生するものであり、逆に日本映画社において、債務のうち相当部分を弁済した場合には、代物弁済予約は解除される約定であつた。そうして、日本映画社は、昭和二十六年四月七日元本の一部として十二万円を弁済し、これによつて代物弁済予約は解除されたのであるから、その後である同年十月十二日に被告藤や商事がした代物弁済予約完結の意思表示は無効である。

(七) 前項掲記の契約条項が、仮に、原告の主張するような意味でなく、昭和二十六年四月七日日本映画社が元本の一部として十二万円を弁済した後も、被告藤や商事において代物弁済予約完結権を行使し得るとしても、同年十月十一日被告藤や商事が本件土地につきなした所有権取得登記は、次の理由によつて無効である。

すなわち

日本映画社の被告藤や商事に対する前記貸金債務の弁済期は、昭和二十六年四月八日であつたが、その後弁済期は、一カ月ずつ数回延期され、被告藤や商事は、日本映画社から約定損害金ではなく約定利息を受領し続けた。この事によつて日本映画社の貸金債務は、期限の定めなきものとなつたのである。しかるに被告藤や商事は、日本映画社に対して、何ら履行の請求をしないで、昭和二十六年十月十一日、突然、本件土地につき所有権取得登記手続をした。すなわち、被告藤や商事は、日本映画社が、まだ債務の履行遅滞に陥らず、したがつて被告藤や商事が代物弁済予約完結権を取得せず、また、右予約完結の意思表示もしないうちに、所有権取得登記手続をしたのであり、かような所有権取得登記手続は、登記原因を欠き無効である。

(八) 仮に、被告藤や商事が本件土地につき昭和二十六年十月十一日した所有権取得登記が、翌十二日同被告がした代物弁済予約完結の意思表示によつて実体的権利関係と符合し、登記原因において欠けるところがないこととなると解しても、右代物弁済予約完結の意思表示は、次の理由によつて無効である。すなわち、

前記のとおり、日本映画社の貸金債務の弁済期が、まだ到来していないのに、債権者である被告藤や商事が担保物である本件土地を終局的に処分したのであり、かような場合には、日本映画社に対して、なお債務の履行を期待することは、現今我国取引の一般的実情から見て不可能のことに属する。したがつてその後日本映画社が債務の履行をしなかつたとしても、それは被告藤や商事が故意にさような状態を現出させたというほかはなく、被告藤や商乳は、故意に代物弁済予約完結梧発生の停止条件を成就させたものというべきであるから、民法第百三十条を類推適用し、条件は成就しないものとみなすべく、被告藤や商事が昭和二十六年十月十二日した代物弁済予約完結の意思表示は何らの効力を生じないものといわざるを得ない。

(九) 仮に、前項の主張が理由がないとしても、被告藤や商事の代物弁済予約完結権行使は、民法第九十条により無効である。

すなわち、日本映画社が被告藤や商事から昭和二十六年三月十日に借り受けた金員は、五十八万六千円であること前記のとおりであるところ、日本映画社は、同年四月七日元本の一部として十二万円を弁済した。したがつて被告藤や商事が代物弁済予約完結の意思を表示した同年十月十二日には、残元本は、四十六万六千円に過ぎなかつた。そうして、被告藤や商事は、同年十月十二日、右残債権の弁済に代えて、当時三百万円位の価格の本件土地を代物弁済として取得する旨、代物弁済予約完結の意思を表示したのである。すなわち、被告藤や商事は、日本映画社に対し、四十六万六千円の債権を有しているのを幸い、不当な利益を計る目的で代物弁済予約を完結したのであり、かような代物弁済予約完結は、公序良俗に反するから、民法第九十条により無効である。

仮に、被告藤や商事が、右残元本回収のにのみでなく、遅延損害金の回収をも目的として、代物弁済予約を完結したものであるとすれば、この場合生じ得べき遅延損害金の額は、被告藤や商事において日本映画社が遅延損害金の支払を怠り始めたと主張する昭和二十六年八月五日を起算日として代物弁済予約完結権行使の日である同年十一月十二日まで百円につき日歩五十銭の割合で計算すると二十三万三千円となるわけである。しかして日本映画社は、昭和二十六年八月四日までに利息四十五万三千六百円を支払つたのであり、右のうち、旧利息制限法所定の最高利率により算出される利息額は、二万八百七十三円に過ぎない。したがつて右四十五万三千六百円と二万八百七十三円の差額四十三万二千七百二十七円は、被告藤や商事の不当利得となるのであり、右四十三万二千七百二十七円は、旧利息制限法所定の制限利息を超過する利息の支払という不法の原因のため給付されたものではあるけれども、右の不法の原因は、さきに記載したとおり、債権者である被告藤や商事が、日本映画社の窮迫、無知に乗じて不当な利益を計る目的で日本映画社に金員を貸与した事情に徴し、もつぱら、被告藤や商事について存するものというべきであるから、原告は、被告藤や商事に対し、四十三万二千七百二十七円の不当利得返還請求権を有するわけである。よつて原告は、右不当利得返還請求権と、被告藤や商事の遅延損害金請求権とを本訴において対当額で相殺する。

(一〇) なお、日本映画社は、被告藤や商事に対し昭和二十六年八月初旬から利息軽減等につき折衝を重ね、被告藤や商事は、日本映画社に対して、本件については、話合で事を決する旨明言していたのにもかかわらず、同年十一月十二日、突然代物弁済予約を完結したことは、権利の濫用であつて許されない。

(一一) 被告藤や商事の主張事実中、日本映画社が被告藤や商事から、同被告主張の約定で二百万円を借り受けた事実は認めるが、その余の事実は否認する。右貸金債権を担保するため、本件土地について担保権を設定したことはない。なお、日本映画社は、被告藤や商事に対し右貸金債務を元利とも完済した。

二、被告等の主張

(答弁の趣旨)

被告藤や商事、同平石及び同東京都競馬各訴訟代理人並びに被告国指定代理人は、いずれも主文同旨の判決を求めた。

(答弁事実等)

(一) 被告藤や商事訴訟代理人は、答弁及び抗弁として、次のとおり陳述した。

原告の主張する(一)の事実は認める。但し、被告藤や商事は、七十二万円中十四万円については、占有改定の方法によつて、一たんこれを原告に交付し、更に原告からこれを利息の前払、公正証書作成費用及び登記手続費用等として簡易の引渡の方法で受領したものであり、七十二万円金額について消費貸借が成立した。原告の主張する(二)の事実中原告主張の各登記がなされたことは認める。右各登記は、すべて適法になされたものである。

原告の主張する(六)の事実中、日本映画社が元本の一部として十二万円を支払つた事実は認める。原告の主張する(七)の事実のうち弁済期が一カ月ずつ数回延期された事実は認める。その余の原告の主張事実は、すべて争う。

被告藤や商事は、適法な届出をした貸金業者であるが、日本映画社の懇請によつて、本件融資をすることとした。一カ月一割四分の利息及び百円につき日歩五十銭の遅延損害金の約定は、被告藤や商事の営業目的及び当時の経済情勢に徴し、決して不当ではない。また、本件契約の当時、本件土地の価格は、六十万円、ウオール撮影機一式の価格は、十二万円であつたから右両者を担保物として七十二万円を貸与したのであり、また日本映画社は、被告藤や商事から借用した金員を極東オリンピックへの日本映画社々員派遣費として投資して、すみやかに多額の利潤を獲得し得べき状況にあり、その故にこそ被告藤や商事から、利息、損害金担保権の内容等につき十分了解したうえ、金員を借用したのである。本件土地のうえに設定された担保権の内容は、次のとおりである。すなわち、日本映画社は、前記七十二万円の貸金債権を担保する目的で本件土地のうえに第一順位の抵当権を設定し、かつ抵当権の被担保債務の不履行を停止条件とする代物弁済契約をした。そうして、右代物弁済契約の内容は、条件成就の時における時価で本件土地を評価し、右評価額相当分だけ被告藤や商事の債権を消滅させること、もし、右評価額が被告藤や商事の債権の額を超過する場合には、超過額は、被告藤や商事が日本映画社に返還するという約定であつた。

また、原告が(六)において主張する「全債務の弁済」をしない場合とは、仮に一部の弁済をしても全部の弁済をしない場合には、なおかつ代物弁済契約の停止条件が成就するとの意味である。

日本映画社は、元本七十二万円のうち、十二万円は弁済したが残元本六十万円については、当初定めた弁済期である昭和二十六年四月八日を徒過した。被告藤や商事は、日本映画社に対し、数次にわたつて期限を猶予し、昭和二十六年十月十日に至つた。しかも、日本映画社は、債務を弁済しなかつたので、同日の経過をもつて、停止条件は成就し、本件土地所有権は、被告藤や商事に帰属した。

仮に、そうでないとしても、昭和二十六年四月二十八日、被告藤や商事は、日本映画社に対して二百万円を、利息月一割四分、弁済期同年五月二十七日、期限後の損害金は、百円につき日歩五十銭の約定で、貸与し、日本映画社は、右貸金債権担保の目的で本件土地を譲渡担保とした。その後、日本映画社は、右元金のうち百万円を弁済したのみで、残額金百万円の支払をしない。被告藤や商事は、昭和二十六年十月十日まで弁済期を猶予したが日本映画社は、弁済をしない。よつて同日の経過と同時に本件土地所有権は、内部的にも被告藤や商事に移転したのである。

(二) 被告平石、同東京都競馬各訴訟代理人及び被告国指定代理人は、被告平石は、被告藤や商事から別紙目録記載(一)ないし(四)の土地を買い受けて、所有権取得登記をし、右土地のうち別紙目録記載(一)の土地を、同(五)及び(六)の土地に分筆し、被告東京都競馬は、被告平石から、別紙目録記載(二)ないし(四)及び(六)の土地を買い受け、被告国は、被告平石から、別紙目録記載(五)の土地を買収し、いずれも所有権取得登記手続を了したのであり、その余の弁論は、被告藤や商事の弁論と同一であると述べた。

第二、証拠関係<省略>

理由

一、昭和二十六年三月十月、日本映画社が被告藤や商事から、或る額の金員を、弁済期は同年四月八日、利息は月一割四分、期限後の損害金は百円につき日歩五十銭の約定で借り受けたことは、当事者間に争いがない。

二、そこで先ず、右消費貸借の元本の額について考察する。成立に争いのない甲第六号証の一(乙第一号証)及び証人中井義の証言(第一回)を綜合すれば、次の各事実を認めることができる。すなわち、(イ)被告藤や商事は、日本映画社に対し、形式的には、七十二万円を貸し付けることとしたこと、(ロ)しかし、実質的には、現金五十八万円が被告藤や商事から日本映画社に交付されたこと、(ハ)本件土地(後に記載するとおり、本件土地は右貸金債務の担保に供せられた。)は、日本映画社の所有するものでありながら、当時なお日本映画社のために所有権取得登記がなされていなかつたので、被告藤や商事は、三万円を出捐して日本映画社のために所有権取得登記手続を了し、右三万円は、消費貸借に繰り入れることとしたこと、甲第一ないし第五号証、乙第二ないし第六号証及び甲第十二号証の一、二のうち本件消費貸借の元本の額を七十二万円と表示した部分は、いずれも形式的な元本の額を表示したものと解すべきであるから、右各書証は、前記認定を覆えす資料とすることができないし、前記認定とてい触する被告藤や商事代表者藤沢袈娑治の尋問の結果の一部は措信し難く、他に、前記五十八万円及び三万円のほかに被告藤や商事が本件消費貸借契約に基き日本映画社に対して現金交付と同一の経済上の利益を与うべき出捐をなしたことを肯認せしめるに足る証拠は存在しない。以上認定の事実によれば、本件消費貸借契約の元本は、その元本から旧利息制限法(明治十六年太政官布告第六十六号)利息制限法附則第四項により本件消費貸借契約には、旧利息制限法が適用されるーに基く最高額の利息を控除した額が前記五十八万円と三万円の和すなわち六十一万円となるような額であると解するのを相当とする。そうだとすれば、本件消費貸借契約の元本の額が六十一万五千五十五円であることは、計算上明らかであり、本件消費貸借契約の形式的な元本額である七十二万円中右六十一五五千五十五円を超過する天引部分は、要物性の要請を充たさないため、消費貸借が不成立に終つたものといわねばならない。

三、被告藤や商事は、右制限超過利息天引部分は、実は、天引きではなく、被告藤や商事から日本映画社に対し、占有改定の方法で金銭の占有を移転し、日本映画社は被告藤や商事に対し簡易の引渡の方法で任意に約定利息等を前払したのであるから、七十二万円全額について要物性の要請が充たされ消費貸借契約が成立したと主張するが、被告藤や商事の主張するような占有改定及び簡易の引渡については、何らの証拠もないのであるから、被告藤や商事の右主張は、採用し難い。

四、被告藤や商事の日本映画社に対する右六十一万五千五十五円の貸金債権を担保するため、日本映画社所有の本件土地を共同担保として、被告藤や商事のために第一順位の抵当権を設定しその登記をしたこと及び右土地につき被告藤や商事のために請求趣旨(一)記載の所有権移転請求権保全の仮登記がなされていることは、当事者間に争いがない。

そこで右六十一万六千五十五円の消費貸借契約の成立及び前記所有権移転請求権保全の仮登記のなされた経緯並びにその後の経過について考察する。

成立に争いのない甲第一ないし第五号証、同第六号証の一、二同第七号証、同第九号証、同第十一、第十二号証の各一、二乙第二、第三号証、同第五号証、同第十号証、弁論の全趣旨により成立を認め得る乙第四号証及び公務署作成部分の成立については争いがなく、その余の部分の成立は、前掲乙第三号証によつて認め得る乙第六号証並びに証人白井茂、同中井義の各証言(いずれも、第一、第二回)及び被告藤や商事代表者藤沢袈裟治の尋問の結果、鑑定人立花寛の鑑定の結果を綜合すれば、次の事実を肯認することができる。

日本映画社は、ニュース映画等の製作販売を業とする会社であるが、昭和二十五年十二月末日、営業不振のため社員百余名を解雇し、その退職金、超過勤務手当及び会社の債務の未払金利の支払のため、三、四十万円の金員が必要であり、また、その頃インドに極東オリンピック大会が開催されることになつており、昭和二十六年二月末までに、社員を派遣してニュース映画の取材をさせねばならず、その費用を右の三、四十万円に加えると、最低七、八十万円の金員が必要であつた。昭和二十六年三月頃日本映画社は、積極財産として、二千万円位の売掛金債権と昭和二十四年頃日本映画社が百五十万円位で浜野産業株式会社から購入し、当時原告会社の帳簿価格が百七十万円位、市場価格が二百二十二、三万円位であつた本件土地のほか、映画撮影機等を所有していた。日本映画社は、前記七、八十万円の資金を調達するため銀行から融資を受けようとしたが、一般の銀行は、日本映画社の営業成績不振のため融資の要請に応じないので、日本映画社の経理部長であつた今井裕二が、金融ブローカー前川繁治の仲介で、被告藤や商事に対してはじめ本件不動産を担保として日本映画社に百万円を融資してくれるよう交渉したが被告藤や商事の代表者である藤沢袈裟治は、現地につき調査したうえ、本件土地上にある残の整理に費用がかかる等の点から、本件土地の交換価格を八、九十万円と評価し、本件土地を担保として融資するのであれば、六十万円以上は貸せないという態度を示した。そこで日本映画社は、右土地を担保として六十万円を、更に日本映画社所有のウオール撮影機一台を譲渡担保として十二方円を、すなわち、合計七十二万円を被告藤や商事から借り受けることとし、昭和二十六年三月十日、日本映画社側からは代表取締役白井茂、総務部長中井義、経理部長今井裕二、被告藤や商事側から代表取締役藤沢袈裟治及び仲介人前川繁治が被告藤や商事の事務所に参集して、日本映画社と被告藤や商事間に消費貸借契約が締結された。(右消費貸借契約における形式的な元本の額が七十二万円であること、右七十二万円のうち、六十一万五千五十五円についてのみ消費貸借契約が成立したこと、弁済期は昭和二十六年四月八日、利息は月一割四分、期限後の遅延損害金は百円につき日歩五十銭であつたことは、いずれも、前掲説示のとおりである。)右消費貸借成立の当時日本映画社としては。前記二千万円の売掛金の回収及び極東オリンピック大会に取材したニュース映画の売上金で、右貸金債務を優に返済し得る計画であつた。そして、前記金六十一万五千五十五円の貸金債権を担保するため、本件土地及びウオール撮影機一台を共同担保とすることとし、本件土地のうえに第一順位の抵当権を設定し(この点については、当事者間に争いがない。)、日本映画社が弁済期に債務を弁済しない場合には、被告藤や商事は、右抵当土地の所有権を取得し得べく右予約完結の意思表示は、その旨記載した内容証明郵便を日本映画社に宛てて発するをもつて足る旨の代物弁済予約をなし、また、ウオール撮影機については、その所有権を、担保の目的で被告藤や商事に移転し、被告藤や商事がこれを占有することとし、日本映画社が貸金債務を期限に弁済しない場合には、被告藤や商事は、右撮影機を任意に売却し、その代金を債務の弁済に充てるべく、もし余剰があれば日本映画社に返還し、不足があれば、更に請求し得る旨の譲渡担保契約をなした。そうして、日本映画社代表者白井茂は、被告藤や商事代表者藤沢袈裟治に対し、七十二万円の領収証並びに公正証書作成、抵当権設定登記、代物弁済予約に基く所有権移転請求権保全の仮登記のための白紙委任状等の書類を交付して、公正証書作成、登記手続を委任し、昭和二十六年三月十二日、被告藤や商事は、前記の委任の趣旨に則り各登記手続を了した。しかして、更に同月十五日には、日本映画社は、被告藤や商事に対し、本件土地につき代物弁済予約が完結された場合に、さきになした仮登記を本登記に改めるために使用させる目的で白紙委任状二通を交付した。同年四月二日には、前記消費貸借契約を記載した公正証書が作成された。同月十日、日本映画社は、前記貸金の形式上の元本である七十二万円に対する月一割四分の約定利息十万八百円を支払つて、弁済期につき、被告藤や商事から一カ月の猶予を得、且つその頃元本に対し内金十二万円を支払つた。その後、同年六月十日及び七月九日に、前同様各金八万四千円の利息を支払つて一カ月ずつ期限の猶予を得た。なお、同年六月中旬日本映画社の代表取締役白井茂は辞任し、寺本熊俊が代表取締役に就任したので、日本映画社は、被告藤や一商事に対し、本件土地につきさきになした代物弁済予約が完結された場合に右土地につきさきになした仮登記に基き所有権取得の本登記をするため使用させる目的で、代表取締役寺本熊俊名義の白紙委任状を交付した。以上のような経過で、日本映画社は、昭和二十六年三月十日被告藤や商事から借り受けた六十一万五千五十五円の貸金債務の残元本四十九万五千五十五円については、昭和二十六年八月八日まで、期限の猶予を得たわけである。ところが、日本映画社は、右期限を徒過したのみならず、その後も、残元本及び遅延損害金を支払わないので、被告藤や商事は昭和二十六年十月十一日、本件土地につき、請求趣旨(二)記載の所有権取得の本登記手続をなし(この点については、当事者間に争いがない。)、翌十月十二日、日本映画社に対し、前掲四十九万五千五十五円(形式的には、六十万円)の貸金債務及び遅延損害金の弁済に代えて、本件土地の所有権を取得する旨の内容証明郵便を日本映画社に宛てて発送し、右書面は、即日日本映画社に到達した。そうして、右の代物弁済予約完結当時の、百円にうき日歩五十銭の割合による約定遅延損害金が十六万八百九十一円(一円未満切捨)となることは、計算上明らかであり、また、当時の本件土地の価格は、二百三十三万円位であつた。証人富塚正男、同山崎長利、同前川繁治及び同三輪小十郎(第二回)の各証言及び被告藤や商事代表者藤沢袋袈治の尋問の結果のうち、右認定とてい触する部分は、信用しない。

五、右各事実を前提として更に考察を進めると、

(一)  日本映画社は、昭和二十六年三月十日、被告藤や商事から六十一万五千五十五円(形式上は七十二万円)を借り受けるに際し、右貸金債務を担保する目的で、本件土地につき代物弁済予約をなし、右代物弁済予約に基く所有権移転請求権保全の仮登記をすることを被告藤や商事に委任したことが明らかであるから、原告の錯誤又は心裡留保の主張(事実摘示一の(三)及び(四))は、失当である。

(二)  原告は、被告藤や商事が日本映画社の窮迫、無知に乗じて、不当な利益を計る目的で、日本映画社をして右代物弁済予約を締結させたから、かかる代物弁済予約は、民法第九十条により無効であると主張するが(事実摘示一の(五))、前掲各証拠を綜合すれば、日本映画社は、映画製作を目的とする近代的な企業であり、その職制においても、経理部長等の職名を有する職員を擁することが認められるから、金融の実務につき少くとも通常の知識を有することが推認し得るのであり、また、前掲六十一万五千五十五円を被告藤や商事から借用するに当つては、日本映画社は、右貸金債務を優に返済し得る旨の具体的な計画に基いて借用したのであり、また、六十一万五千五十五円の債務を担保するため、二百二十二、三万円相当の本件土地につき代物弁済予約をなしたこと被告藤や商事の営業目的が貸金業であること及び当裁判所に明らかな資本の欠乏、物価の上昇等、当時の金融情勢に鑑みれば、必ずしも甚しく権衡を失したものとはいい難く、更にまた、日本映画社はもとより、被告藤や商事も、当時本件土地の価格を二百二十二、三万円にも達するものとは考えていなかつたことが推認されるから(この価格は、本件訴訟における鑑定の結果、始めて明らかになつたものである)、本件代物弁済予約が、民法第九十条により無効であるとの原告の主張は、採用し難い。

(三)  原告は、日本映画社と被告藤や商事がなした代物弁済予約は日本映画社が元本の一部十二万円を弁済したことにより解除されたと主張するが(事実摘示の(六))、日本映画社と被告藤や商事間の本件抵当権設定金銭消費貸借公正証書(甲第六号証の一、乙第一号証)第十一条に「債務者ハ、弁済期限ノ到来又ハ期限ノ利益ヲ失ヒタル場合ニ於テ直ニ全債務ヲ弁済セザルトキハ代物弁済トシテ本件担保物ノ所有権ヲ債権者ニ移転シ」とあるのは、語勢の強弱は別論とし、法律的には、単に「……直ニ債務ヲ弁済セザルトキハ……」と記載された場合と同様、債務の本旨に従つた弁済をしない場合という意味に解すべきであり、他に全債務の弁済をしない場合にのみ代物弁済予約を完結し得ることを肯認するに足る証拠はないのであるから、前記十二万円の弁済が債務の本旨に従つた弁済であることにつき何らの主張も立証もない本件においては、原告の前記主張は、採用することができない。

(四)  原告は、本件貸金債務は、期限の定めなきものとなつたにもかがわらず、被告藤や商事は、日本映画社に対して履行を請求せず、したがつて、日本映画社が債務の履行遅滞に陥らず、したがつて、被告藤や商事において代物弁済予約完結権をまだ行使し得ず、また、被告藤や商事において右予約完結の意思表示をしない前に、被告藤や商事が本件土地につき所有権取得の本登記手続をしたから、右所有権取得登記は登記原因を欠き無効であると主張する(事実摘示(七))。

証人三輪小十郎(第一回)及び同渾大防五郎の各証言によれば、日本映画社及び被告藤や商事は、昭和二十六年八月八日、すなわち、本件貸金債務の最後の弁済期を経過した後も「利息」をまけるかどうかについて交渉をした事実が認められるが一般に世間では「利息」という言葉を「損害金」の意味で使用することがあることは公知の事実であり、前掲の場合にも「損害金」の意味で「利息」という言葉を使用したものと認められるから、「利息」という言葉が使用されたからといつて、その言葉の使用された時が、なお弁済期前であるとすることはできない。また、右各証人の証言によれば、本件代物弁済予約完結の後も、日本映画社と本件金融の仲介人前川繁治の間で「元利を払う」という言葉が使われたことが認められるけれども、右各証言の趣旨を精査すれば、日本映画社が、既に代物弁済により被告藤や商事の所有に帰した本件土地につき、前川繁治に対して買戻の斡旋を交渉し、その「元利相当額の代金」の意味で「元利」という言葉を使用したことが認められるから、右の「元利」という言葉が使用されたからといつてその言葉の使用された時が、なお弁済期前であるとすることはできない。また、本件貸金債務の弁済期が、数回延期されたことは、さきに認定したとおりであるけれども、最後の弁済期が昭和二十六年八月八日であることは、前記説示のとおりであり他に原告の主張するように、本件債務が期限の定めなきものとなつたことを認めるに足る証拠は存在しない。したがつて、被告藤や商事は、昭和二十六年八月九日以降、何時でも代物弁済予約を完結する権利を有していたものといわねばならない。そうして、昭和二十六年十月十一日、被告藤や商事が本件土地につきなした所有権取得の本登記は、翌十二日被告藤や商事がなした代物弁済予約完結の意思表示に基き本件土地所有権が同被告に移転したことにより、実体的権利関係と符合するに至つたのであるから、もとより適法な登記であるというべく、原告の前記主張は、採用し難い。

(五)  事実摘示一の(八)記載の原告の主張も、本件貸金債務が期限の定めなきものとなつたことを前提とするのであるが、かような前提が認められないことは、右(四)に説示したとおりであるから、原告の右主張は、その余の点について審究するまでもなく失当である。

(六)  原告は、本件代物弁済予約完結は、完結当時の本件土地の価格が、残存債務額に比して甚しく大きく、また被告藤や商事は日本映画社に対し、本件については日本映画社との話合で事を決すると明言しながら、突然代物弁済予約を完結したから、民法第九十条により無効である(事実摘示一の(九))、又は権利の濫用で許され難い(同一の(一〇))と主張する。しかしながら前記認定のとおり、被告藤や商事は、日本映画社に対し、本件債務につき三回にわたつて弁済期を猶予し、かつ、本件貸金とは別に、更に二百万円を貸与し、また、日本映画社が本件貸金債務の最後の弁済期である昭和二十六年八月八日を徒過した後も、なお直ちに代物弁済予約を完結することなく、同年十月十二日に至りようやく完結権を行使するに至つたのであり、しかも証人中井義(第一回)の証言によれば昭和二十六年八月九日頃前川繁治が日本映画社に出向いて右貸金の弁済を求め、弁済すれば本件土地を返すと交渉して日本映画社をして本件土地の所有権の保全の機会を与えた事実も認められる。また、原告が主張するように被告藤や商事が日本映画社に対し本件貸金債務については話合いで事を決する旨約した証拠は存在しない。さような事情及び被告藤や商事が金融業者であることに鑑みれば、被告藤や商事が代物弁済予約完結権を行使して、当時二百三十三万円位の価格ある本件土地の所有権を取得したことは、本件貸金の残元本四十九万五千五十五円及び遅延損害金十六万八百九十一円、合計六十五万五千九百四十六円を回収するための適法な権利の行使というべく、これをもつて公序良俗に反する無効な行為又は権利の濫用であるとすることはできない。なお、原告は、日本映画社が、被告藤や商事に支払つた旧利息制限法所定の制限を超過する利息は、同被告の不当利得となるから、原告は、その返還請求権を自動債権として前記遅延損害金と相殺すると主張するが、債務者が旧利息制限法超過の利息を任意に弁済した場合には、債権者は不当利得をしたことにはならないから、原告の主張する自動債権は発生する筈はなく、原告の相殺の主張は失当である。

六、以上説示したとおり、本件土地につき被告藤や商事のためになされた所有権移転請求権保全の仮登記及び所有権取得登記はいずれも、これに照応する実体的権利関係を公示するため日本映画社及び被告藤や商事の意思に基きなされた適法な登記であり、また、原告は、昭和二十六年十月十二日、本件土地所有権を失つたのであるから、原告の被告等に対する請求は、進んでその余の点につき審究するまでもなく、すべて、失当であるというのほかはない。よつて原告の請求は、すべて、棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤令造 田中宗雄 乾達彦)

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